第1回:橋本裕二が出会った社長100人

「通帳見れば、総てわかるやろ?」――仕事一筋、現場を愛したM社長

私が銀行員時代に出会った社長の中で、一番思い出に残っているのがM社長である。

M社は大正8年創業の食品製造会社。

M社長は、奥様と二人三脚で会社を育て、ついには業界で西日本No.1といわれる企業にまで成長させた。

私は銀行員時代、この会社を6年間担当した。

今でもM社長を思い出すと、社長室に座っている姿ではなく、
朝から晩まで作業着を着て、工場の中で働いている姿が真っ先に浮かんでくる。

立派な社長室はあった。

しかし、そこに社長がいることはほとんどなかった。

社長にとって仕事場とは、社長室ではなく「現場」だったのだと思う。

「資金繰りは、任せた」

銀行員として、この会社の資産査定にはずいぶん苦労した記憶がある。

金融庁の資産査定が厳しかった時代である。

そんな時でも、M社長は細かな説明をする人ではなかった。

一行取引を貫き、銀行を変えることもなかった。

そして私に、よくこう言っていた。

「通帳見れば、総てわかるやろ?
売掛と買掛台帳見て、資金繰りして、足りなかったら稟議書いといて。」

今考えると、すごい話である。

会社の資金繰りを銀行員である私に、ほとんど丸投げしていた。

28年間の銀行員生活の中でも、ここまで資金繰りを任された社長はM社長だけだった。

もちろん、銀行員だから何でも任せていたわけではない。

長い付き合いの中で生まれた「信頼」があったのだと思う。

一行取引を続けるということも、M社長なりの信頼の表し方だったのかもしれない。

土日は、社長室で資産査定対策

一度、資産査定への対応で、1か月ほど会社の状況を徹底的に分析したことがある。

土日も会社に行き、普段はほとんど社長がいない社長室を借りて、工場の稼働状況や売上、資金繰りなどを
一つひとつ分析した。

どうすれば、この会社の本当の姿を銀行内部に理解してもらえるのか。

どう説明すればいいのか。

そんなことを考えながら、資料を作り、稟議を書いた。

今振り返ると、銀行員として企業を見る力を鍛えてもらった会社の一つだったと思う。

とにかく、面倒見のいい人だった

M社長は、仕事には非常に厳しい人だった。

しかし、それ以上に面倒見のいい人だった。

社員に対しても、取引先に対しても、そして私たち銀行員に対してもそうだった。

会社を大きくしたのは、経営戦略や営業力だけではなかったのだと思う。

「この社長のためなら頑張ろう」

そう思わせるものを持っていた。

だから社員もついてきた。

取引先もついてきた。

そして銀行も、何とかこの会社を支えたいと思った。

私にとって、親のような存在だった

M社長は3年前に亡くなった。

年齢は、ちょうど私の父親くらいだった。

6年間担当し、その後も長くお付き合いさせていただいた。

だから私にとっては、単なる「取引先の社長」ではない。

どこか親のような存在でもあった。

社長室にはほとんどいない。

いつ行っても作業着姿。

工場の中を歩き回り、自分で現場を見て、自分で働く。

そして銀行員には、

「通帳見れば、総てわかるやろ?」

と言って資金繰りまで任せてしまう。

こんな社長には、その後、二度と出会わなかった。

銀行員として企業を見ること。

数字だけで会社を判断しないこと。

そして、経営とは最後は「人」であるということ。

M社長から教えてもらったことは、今の私の仕事にもつながっている。

銀行員時代、一番思い出に残っている社長。

『橋本裕二が出会った社長100人』の第1回は、どうしてもM社長から始めたかった。



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