第2回:橋本裕二が出会った社長100人

余命3ヶ月を平然と語った、カリスマ創業者Y社長

私が平成15年から16年の2年間、渉外担当としてお付き合いしたのが、チルド食品製造会社M社のY社長である。

当時のM社は、年商約16億円、利益約5,000万円。社員は約50名。

Y社長は当時75歳。創業から約40年、一代で会社を築き上げた、まさにカリスマ経営者だった。

毎週火曜日、午前11時

M社には、歴代の銀行担当者に引き継がれてきた一つの「お勤め」があった。

毎週火曜日の午前11時に、Y社長を訪問すること。

前任者も、その前の担当者も、ずっと続けてきた習慣だった。

私も担当になってから、毎週火曜日の11時になるとM社を訪問した。

そこで聞かされたのは、会社の話だけではなかった。

Y社長の夢。

人生観。

経営に対する考え方。

そして、生き方そのものだった。

特にY社長は、中村天風が大好きだった。

天風哲学について、何度も何度も話を聞かされた。

当時の私は40歳前後。

75歳の創業経営者から見れば、まだまだ若造だったのだと思う。

銀行員というより、人生の後輩として鍛えてもらっていたのかもしれない。

「両親を大切にしなさい」

Y社長が、私によく言っていた言葉がある。

「橋本君、両親を大切にしなさい。」

当時、私の両親はY社長とそれほど変わらない年代だった。

仕事の話をしている途中でも、そんな話をされた。

自分が年齢を重ねた今になって、その言葉の意味を以前より強く感じる。

Y社長自身は四国の生まれだった。

詳しい事情までは聞かなかったが、Y家に養子として入られた方だった。

そんな人生経験もあって、「家族」というものについて、人一倍いろいろな思いを持っていたのかもしれない。

銀行が大好きな社長

Y社長は、当時のシティ銀行の大ファンだった。

会社だけでなく、支店にもよく顔を出された。

女子行員とも気さくに話をされ、支店全体から親しまれていた。

銀行と会社という堅い関係ではなく、人と人との付き合いを大事にする社長だった。

そんなY社長から、平成16年2月頃、私は忘れることのできない話を聞くことになる。

「実は、がんで余命3ヶ月と言われたよ」

いつもの火曜日。

いつものようにY社長を訪問した。

すると突然、Y社長がこう言った。

「橋本君にはじめてしゃべるが、実はがんで余命3ヶ月と医者に言われたよ。」

私は言葉を失った。

しかも、誰にも話していなかったことを、最初に私に話してくださったという。

しかし何より驚いたのは、Y社長の表情だった。

取り乱すわけでもない。

悲観するわけでもない。

まるで世間話でもするように、平然と語られた。

余命3ヶ月。

普通なら、とても平静ではいられない。

しかしY社長には、不思議なほどの落ち着きがあった。

私は、その姿に何とも言えない「凄み」を感じた。

火曜日の訪問先が、会社から病院へ変わった

その後、Y社長は入院された。

毎週火曜日の訪問先は、会社から病院へ変わった。

私は病室を訪ね、いろいろな話をした。

その頃、私は一つのことを考えていた。

なぜ、この人はこれほど平然としていられるのだろう。

ひょっとすると、

「自分の人生をやり尽くしたという思いがあるからではないか。」

そんなふうに感じた。

会社を一代で築いた。

社員を50人まで増やした。

家族を守った。

自分の信念を貫いた。

やるべきことをやってきた。

だから、自分の人生の終わりを静かに受け入れることができたのではないか。

もちろん、本当の気持ちは本人にしか分からない。

しかし、当時の私にはそう見えた。

もっと、いろいろな話を聞いておけばよかった

余命宣告から約2ヶ月後、Y社長はホスピスに移られた。

そして、しばらくして亡くなられた。

当然、私も葬儀に参列した。

今でも思う。

もっと、いろいろな話を聞いておけばよかった。

経営のこと。

人生のこと。

家族のこと。

中村天風のこと。

そして、死を目前にしたとき、人は何を考えるのか。

あの頃の私は、まだその価値を十分には分かっていなかったのかもしれない。

今でも、思い出すと背筋が伸びる

それから20年以上が経った。

私自身も、Y社長と出会った当時とはずいぶん年齢を重ねた。

それでも、Y社長が余命宣告を平然と語った、あの火曜日の光景は鮮明に覚えている。

人生をどう生きるのか。

仕事をどうやり切るのか。

家族をどう大切にするのか。

そして、最後に自分の人生を振り返ったとき、

「やるだけのことはやった」

と思える人生を送れるのか。

Y社長のことを思い出すたび、今でも自然と背筋が伸びる。

銀行員時代、経営だけではなく、「人はどう生きるべきか」を教えていただいた社長の一人である。



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