― M&A案件が次々と舞い込んだ。しかし、売上にはならなかった
平成27年6月1日。
51歳で、私は初めて自分の会社を立ち上げた。
社名は、
「株式会社ビザイン・ファミリー・アドバイザーズ」。
「ビザイン」とは、「ビジネスをデザインする」という意味を込めて私がつくった造語である。
そして「ファミリー」は、ファミリービジネスを意味する。
地域のファミリービジネスの未来を一緒に考え、次の世代へ向けてビジネスそのものをデザインする。
そんな会社にしたいと思っていた。
共同出資者として、M氏にも参画してもらった。
M氏は、すでにM&Aアドバイザーとして活動していた。
私は銀行で培った事業承継やプライベートバンキングの経験。
M氏はM&A。
お互いの強みを組み合わせれば、企業オーナーに対して今までにないサービスができるのではないか。
そんな期待を持っての船出だった。
創業すると、意外なことにM&Aの相談が次々と舞い込んできた。
最初の一つが、福岡の老舗タクシー会社の売却案件だった。
業績的には厳しい再生案件だったが、東京のタクシー最大手、日本交通が興味を示してくれた。
次に、福岡の中堅A調剤薬局。
買収案件を探していたところに、大阪のH薬局の売却話があり、A社へ紹介した。
さらに別のE調剤薬局から、大阪にある調剤薬局を事業譲渡したいという相談が入った。
そこで大阪のB薬局へ打診した。
創業したばかりの会社に、M&A案件が三つも続いた。
「これはいけるかもしれない。」
そう思った。
銀行を辞める時には不安もあった。
本当に仕事が来るのか。
銀行の看板がなくても、自分を信用してもらえるのか。
しかし、実際に独立してみると案件が来る。
自分のこれまでの経験や人脈は、間違っていなかったのではないか。
そんな自信も少しずつ芽生えていた。
本来、私が目指していたのは、企業オーナーの事業承継や資産承継を長期的に支援する
プライベートバンカーのような仕事だった。
ところが、目の前に次々とM&A案件が現れる。
当然、そちらに時間を使うようになった。
振り返れば、創業から最初の一年間は、「ファミリービジネスのコンサルティング会社」というより、
M&A仲介会社のような状態だったと思う。
そして、私は大きな勘違いをしていた。
「案件があること」と「売上になること」は、まったく違う。
三つの案件は、それぞれ交渉が進んだ。
相手候補もいる。
話も具体的になる。
成功すれば、それなりの報酬になる。
一件でも成約すれば、会社は軌道に乗る。
そう期待していた。
しかし――。
一件目がブレークした。
二件目も途中で話がまとまらなかった。
そして三件目も成約には至らなかった。
結局、三件とも売上にならなかった。
M&Aという仕事の怖さを、初めて身をもって知った。
何か月仕事をしても、成約しなければ報酬はゼロ。
銀行員時代には、多くの企業の決算書を見てきた。
社長には、
「資金繰りが大切です。」
「先を見て経営してください。」
そんなことを言ってきた。
しかし、いざ自分が経営者になると、まったく違った。
売上がなければ、お金は入ってこない。
一方で、会社を維持するためのお金は毎月出ていく。
事務所代。
人件費。
交通費。
さまざまな経費。
通帳の残高が少しずつ減っていく。
創業時に準備した資本金なども、ほぼ使い果たした。
今振り返れば、事業計画が甘かった。
「自分には28年間の銀行員経験がある。」
「事業承継の経験もある。」
「人脈もある。」
どこかで、何とかなると思っていたのだと思う。
そして、そこへM&A案件が三件続けて舞い込んできた。
もし一件でも成約していれば、その後の展開は違っていたかもしれない。
しかし、現実はそんなに甘くなかった。
三件ともブレーク。
売上は立たない。
そして、資金は底をつき始める。
銀行員時代、私は何百人という社長を見てきた。
経営について分かっているつもりだった。
しかし、私は何も分かっていなかったのかもしれない。
「社長」という仕事は、自分が想像していた以上に厳しかった。
給料日は必ずやってくる。
しかし、売上は勝手にはやってこない。
仕事は、自分でつくらなければならない。
そして、最後はすべて自分で責任を取らなければならない。
銀行員時代に接してきた社長たちが、なぜ資金繰りに悩み、なぜ眠れない夜を過ごしていたのか。
私は51歳になって、初めてその気持ちを少しだけ理解できた気がした。
創業から一年。
会社は早くも苦境に立たされた。
銀行を辞めたことを後悔したわけではない。
しかし、
「このままでは会社が続かない。」
初めて、自分自身の会社の存続を真剣に考えなければならなくなった。
銀行員として28年間、中小企業の経営者を外から見てきた私が、今度は自分自身で経営の厳しさを
味わうことになる。
私の独立後、本当の意味での勉強は、ここから始まったのだと思う。
次回予告
第22回 資金がない
創業から一年。
期待していたM&A案件は三件とも成約しなかった。
資金は底をつき始めた。
「このままでは会社がもたない。」
銀行員時代には何度も聞いた言葉を、今度は自分自身が口にすることになる。
経営者になって初めて知った、「資金繰り」という現実だった。
第21回:創業、そして最初の挫折
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