第21回:創業、そして最初の挫折

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― M&A案件が次々と舞い込んだ。しかし、売上にはならなかった

平成27年6月1日。

51歳で、私は初めて自分の会社を立ち上げた。

社名は、

「株式会社ビザイン・ファミリー・アドバイザーズ」。

「ビザイン」とは、「ビジネスをデザインする」という意味を込めて私がつくった造語である。

そして「ファミリー」は、ファミリービジネスを意味する。

地域のファミリービジネスの未来を一緒に考え、次の世代へ向けてビジネスそのものをデザインする。

そんな会社にしたいと思っていた。

共同出資者として、M氏にも参画してもらった。

M氏は、すでにM&Aアドバイザーとして活動していた。

私は銀行で培った事業承継やプライベートバンキングの経験。

M氏はM&A。

お互いの強みを組み合わせれば、企業オーナーに対して今までにないサービスができるのではないか。

そんな期待を持っての船出だった。

創業すると、意外なことにM&Aの相談が次々と舞い込んできた。

最初の一つが、福岡の老舗タクシー会社の売却案件だった。

業績的には厳しい再生案件だったが、東京のタクシー最大手、日本交通が興味を示してくれた。

次に、福岡の中堅A調剤薬局。

買収案件を探していたところに、大阪のH薬局の売却話があり、A社へ紹介した。

さらに別のE調剤薬局から、大阪にある調剤薬局を事業譲渡したいという相談が入った。

そこで大阪のB薬局へ打診した。

創業したばかりの会社に、M&A案件が三つも続いた。

「これはいけるかもしれない。」

そう思った。

銀行を辞める時には不安もあった。

本当に仕事が来るのか。

銀行の看板がなくても、自分を信用してもらえるのか。

しかし、実際に独立してみると案件が来る。

自分のこれまでの経験や人脈は、間違っていなかったのではないか。

そんな自信も少しずつ芽生えていた。

本来、私が目指していたのは、企業オーナーの事業承継や資産承継を長期的に支援する
プライベートバンカーのような仕事だった。

ところが、目の前に次々とM&A案件が現れる。

当然、そちらに時間を使うようになった。

振り返れば、創業から最初の一年間は、「ファミリービジネスのコンサルティング会社」というより、
M&A仲介会社のような状態だったと思う。

そして、私は大きな勘違いをしていた。

「案件があること」と「売上になること」は、まったく違う。

三つの案件は、それぞれ交渉が進んだ。

相手候補もいる。

話も具体的になる。

成功すれば、それなりの報酬になる。

一件でも成約すれば、会社は軌道に乗る。

そう期待していた。

しかし――。

一件目がブレークした。

二件目も途中で話がまとまらなかった。

そして三件目も成約には至らなかった。

結局、三件とも売上にならなかった。

M&Aという仕事の怖さを、初めて身をもって知った。

何か月仕事をしても、成約しなければ報酬はゼロ。

銀行員時代には、多くの企業の決算書を見てきた。

社長には、

「資金繰りが大切です。」

「先を見て経営してください。」

そんなことを言ってきた。

しかし、いざ自分が経営者になると、まったく違った。

売上がなければ、お金は入ってこない。

一方で、会社を維持するためのお金は毎月出ていく。

事務所代。

人件費。

交通費。

さまざまな経費。

通帳の残高が少しずつ減っていく。

創業時に準備した資本金なども、ほぼ使い果たした。

今振り返れば、事業計画が甘かった。

「自分には28年間の銀行員経験がある。」

「事業承継の経験もある。」

「人脈もある。」

どこかで、何とかなると思っていたのだと思う。

そして、そこへM&A案件が三件続けて舞い込んできた。

もし一件でも成約していれば、その後の展開は違っていたかもしれない。

しかし、現実はそんなに甘くなかった。

三件ともブレーク。

売上は立たない。

そして、資金は底をつき始める。

銀行員時代、私は何百人という社長を見てきた。

経営について分かっているつもりだった。

しかし、私は何も分かっていなかったのかもしれない。

「社長」という仕事は、自分が想像していた以上に厳しかった。

給料日は必ずやってくる。

しかし、売上は勝手にはやってこない。

仕事は、自分でつくらなければならない。

そして、最後はすべて自分で責任を取らなければならない。

銀行員時代に接してきた社長たちが、なぜ資金繰りに悩み、なぜ眠れない夜を過ごしていたのか。

私は51歳になって、初めてその気持ちを少しだけ理解できた気がした。

創業から一年。

会社は早くも苦境に立たされた。

銀行を辞めたことを後悔したわけではない。

しかし、

「このままでは会社が続かない。」

初めて、自分自身の会社の存続を真剣に考えなければならなくなった。

銀行員として28年間、中小企業の経営者を外から見てきた私が、今度は自分自身で経営の厳しさを
味わうことになる。

私の独立後、本当の意味での勉強は、ここから始まったのだと思う。

次回予告

第22回 資金がない

創業から一年。

期待していたM&A案件は三件とも成約しなかった。

資金は底をつき始めた。

「このままでは会社がもたない。」

銀行員時代には何度も聞いた言葉を、今度は自分自身が口にすることになる。

経営者になって初めて知った、「資金繰り」という現実だった。