社長が元気なうちにしかできない事業承継がある
――「まだ元気だから大丈夫」ではなく、「元気な今だから始める」
「私はまだ元気だから、事業承継はもう少し先でいい。」
これも、私が経営者からよく聞く言葉です。
確かに、60代、70代になっても元気に会社を引っ張っている社長はたくさんいらっしゃいます。
毎日会社へ行き、営業にも出る。
重要な取引先との交渉もする。
経営判断も自分で行う。
本人からすれば、
「まだまだ自分はやれる。」
そう思うのは当然でしょう。
しかし、私はこう考えています。
「元気だから、まだやらなくていい」のではありません。
「元気な今だからこそ、できることがある」のです。
事業承継には、時間が必要です。
後継者を決める。
経営を教える。
取引先を紹介する。
金融機関との関係を引き継ぐ。
社員との信頼関係をつくらせる。
株式を移す。
株主構成を整理する。
場合によっては、持株会社化や組織再編を行う。
そして、会社の将来について親子で話し合う。
どれも、数カ月で終わる話ではありません。
5年、場合によっては10年かけて取り組むテーマです。
しかも、こうしたことの多くは、
今の社長が元気だからこそできることなのです。
私はこれまで、多くの事業承継の現場を見てきました。
残念ながら、病気や突然の相続をきっかけに、急いで承継を進めなければならなくなった会社もあります。
その時、ご家族や後継者が困るのは、株式や相続税の問題だけではありません。
「お父さんは、この会社をどうしたかったのか。」
「この取引先とは、どんな付き合いをしてきたのか。」
「この社員には、どんな役割を期待していたのか。」
「会社を将来どうしてほしかったのか。」
それが分からないのです。
私は、ここに事業承継の本当の怖さがあると思っています。
決算書は残せます。
契約書も残せます。
株式も相続できます。
しかし、
社長の頭の中にあるものは、社長にしか伝えられません。
何十年も経営を続けてきた社長には、数字には表れない膨大な財産があります。
取引先との関係。
社員との関係。
金融機関との付き合い方。
業界の勘所。
失敗から学んだ経験。
そして、会社に対する想い。
私は、これらも立派な「会社の財産」だと思っています。
だから事業承継とは、株式を渡すことだけではありません。
社長が何十年もかけて蓄積してきた「見えない資産」を次の世代へ渡すことでもあるのです。
そのためには、社長自身が元気でなければなりません。
後継者と一緒に取引先を回る。
重要な会議に同席させる。
あえて判断を任せる。
時には失敗させる。
そして、その失敗について一緒に考える。
こうした時間の積み重ねによって、後継者は少しずつ「社長」になっていきます。
ここで大切なのは、
社長を交代する日と、事業承継を始める日は同じではない
ということです。
70歳で社長を交代するのであれば、70歳から準備するのでは遅い。
65歳、60歳、場合によってはもっと早くから始めてもいい。
事業承継を始めたからといって、すぐに引退する必要などありません。
むしろ、元気なうちに少しずつ任せていけばいいのです。
第19回で私は、
「会社が順調な時こそ、事業承継を考えてほしい」
とお伝えしました。
今回は、もう一つ加えたいと思います。
「社長が元気な時こそ、事業承継を始めてほしい。」
会社が元気で、社長も元気。
実は、この状態こそが事業承継の最高のタイミングなのです。
いつかではありません。
何かが起きてからでもありません。
社長自身が会社の未来を考え、自分の言葉で後継者に伝えられる今だからこそ、できることがあります。
事業承継とは、社長を辞める準備ではありません。
社長が築いてきたものを、未来へ残す準備です。
「まだ元気だから大丈夫」ではなく、
「元気な今だから始めよう」。
その決断が、10年後の会社、社員、そして家族を守ることになるのではないでしょうか。
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