第22回:経営者の痛み

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― 銀行員28年、初めて社長と同じ土俵に立った

創業から一年。

会社の資金は、ほぼ底をついていた。

苦しかった。

創業直後に三件のM&A案件が舞い込み、「これはいけるかもしれない」と期待した。

しかし、三件とも成約には至らなかった。

仕事はした。

時間も使った。

東京や大阪にも何度も足を運んだ。

それでも、成約しなければ売上はゼロである。

会社の通帳からは、毎月確実にお金が減っていった。

銀行員時代、私は数え切れないほどの中小企業の社長と接してきた。

資金繰り表を見て、

「社長、資金繰りには気をつけてください。」

「もう少し先を見て経営しましょう。」

そんなことを何度も言ってきた。

しかし、自分が経営者になって初めて分かった。

お金がなくなっていく怖さ。

来月の売上が見えない不安。

そして、

「この会社をどうやって続ければいいのか。」

という経営者の孤独。

私は、この頃から銀行について一つのことを考えるようになった。

私が入行した福岡相互銀行、後の福岡シティ銀行は、オーナー頭取の銀行だった。

ある意味、中小企業と同じである。

一方、多くの銀行のトップはサラリーマン経営者である。

もちろん、優秀な方々である。

しかし私は思った。

「自分のお金で会社をつくり、資金がなくなる恐怖を経験したことのない人に、本当の意味でオーナー社長の
気持ちが分かるのだろうか。」

そして、その問いは自分自身にも向けられた。

銀行員時代の私は、本当に社長の気持ちが分かっていたのだろうか。

おそらく、分かったつもりになっていただけだった。

私は28年間、銀行員として経営者を外側から見てきた。

しかし51歳で独立し、自分のお金を会社に入れ、売上がなければ給料も出ない立場になった。

そこで初めて、経営者と同じ土俵に立てた気がした。

だから私は、こう考えることにした。

「この苦しさを経験できて良かった。」

負け惜しみではない。

本当にそう思った。

この痛みを知らなければ、私は一生、本当の意味で中小企業オーナーの相談相手にはなれなかったかもしれない。

創業二年目、三年目。

苦しい状況は続いた。

そんな私を助けてくれたのは、銀行員時代からお付き合いのあった社長たちだった。

「橋本君、頑張れよ。」

そう言って保険に加入してくださる社長。

小規模なM&A案件を紹介してくださる社長。

毎月三万円の顧問料を払ってくださる社長。

一社一社の応援が、本当にありがたかった。

そのお金で何とか会社をつないだ。

今でも感謝している。

ただ、当時の私は精神的にもかなり追い込まれていたのだと思う。

目の前の資金繰りに必死で、冷静にビジネスモデルを考える余裕がなかった。

知り合いの社長を訪ねては、

「事業承継について考えませんか。」

「M&Aという方法もあります。」

と提案する。

社長は話を聞いてくれる。

「橋本君、それは大事だね。」

とも言ってくれる。

ところが、お金にならない。

なぜだろう。

銀行員時代には、同じような話をすれば喜んでもらえた。

独立しても知識は変わっていない。

経験もある。

むしろ専門性は高くなっているはずだった。

それなのに、仕事にならない。

少しずつ、その理由が見えてきた。

銀行員時代には、「銀行」という巨大な後ろ盾があった。

しかし、今の私にはそれがない。

それ以上に致命的だったことがある。

商品がなかった。

私は社長のところへ行って、

「事業承継が重要です。」

「自社株対策を考えましょう。」

「M&Aという方法もあります。」

と話す。

しかし、お客様からすれば、

「それで、橋本さんは何をしてくれるの?」

ということである。

サービスの内容が決まっていない。

成果物も明確ではない。

料金も決まっていない。

これでは商品とは言えない。

私は銀行員時代、金融商品を販売してきた。

融資にも金利があり、保険にも価格があり、投資信託にも商品名と手数料がある。

ところが、自分で会社をつくった途端、

「自分の知識と経験そのものが商品になる。」

と思っていた。

これは大きな勘違いだった。

専門知識があることと、売れる商品を持っていることは違う。

このことに気づくまでに、私は随分時間がかかった。

そんな苦しい時期に、一人の社長から相談を受けた。

K社長だった。

銀行員時代から、何度も相談を受けてきた経営者である。

ある日、K社長から言われた。

「橋本君、会社をこれからどうしたらいいだろう。」

悩みは、後継者だった。

誰に会社を託すのか。

株式をどうするのか。

これから会社をどうしていくのか。

社長自身も答えを出せずにいた。

私はK社長と一緒に、会社の未来を考え始めた。

この相談が、後に私自身の仕事の方向性を大きく変えることになる。

単に「事業承継は大切です」と説明するだけでは、お客様はお金を払わない。

経営者の悩みを整理し、選択肢を示し、一緒に決断し、実行まで伴走する。

それを「商品」にしなければならない。

私はようやく、自分が何を売るべきなのかを考え始めた。

銀行を辞めて二年余り。

銀行員としての経験だけでは、経営者にはなれなかった。

しかし、資金繰りに苦しみ、仕事が取れず、それでも応援してくれる社長たちに支えられたことで、
少しずつ見えてきたものがあった。

経営者の痛みは、経営者にならなければ分からない。

そして、その痛みを知ったことこそが、独立後の私にとって最大の財産になっていった。

次回予告

第23回 K社長の事業承継

後継者問題に悩んでいたK社長。

「この会社を、これからどうすればいいのか。」

私は、社長と一緒に会社の未来を考え始めた。

その案件を通じて、私は「事業承継コンサルティングとは何をする仕事なのか」を、改めて考えることになる。