第4回:橋本裕二が出会った社長100人

「異質の者が交わるところに、新たなものが生まれる」――永利新一先生との最後の約束

2021年7月2日。

私にとって、大きな存在だった方が亡くなられた。

公認会計士であり、オーム乳業の元社長。

大牟田商工会議所の会頭を務められ、ヤマエ久野、福岡中央銀行等の上場企業の監査役なども歴任された、
永利新一先生である。

訃報を知ったときのことは、今でも忘れられない。

毎日続いていたブログが止まった

永利先生は、10年以上にわたり、毎日欠かさずブログを書かれていた。

ところが、そのブログが4月19日を最後に止まった。

最後の記事には、体調が悪いということが書かれていた。

私は心配になった。

大牟田に行くたびに、先生の事務所を訪ねた。

しかし、入口には、

「しばらく休みます」

という張り紙がしてあった。

そして7月。

大牟田のお客様を訪問した帰りに、また事務所に寄ってみた。

その日は、いつもの張り紙がなくなっていた。

なぜか、それが気になった。

スマートフォンで先生のブログを見ると、7月5日に更新されたような表示になっていた。

「先生、ブログを再開されたのかな」

そう期待した。

ところが、帰宅してもう一度スマートフォンを見ていると、ネット上に永利先生の訃報が出ていた。

愕然とした。

本当に、体から力が抜けるような感覚だった。

「橋本君、機は熟した」

永利先生と知り合ったのは、その10年ほど前だった。

特に最後の3年間は、頻繁に事務所へお邪魔するようになった。

私は、自分のビジネスについて先生に話した。

これから何をしたいのか。

どんな会社をつくりたいのか。

地域の中小企業をどう支援していきたいのか。

先生はいつも、じっくり聞いてくださった。

一方で、先生自身の夢や構想もたくさん聞かせていただいた。

そして、亡くなられる年の2月下旬。

先生の事務所で話をしていると、突然こう言われた。

「橋本君、もう相当話した。機は熟した。地元中小企業を真にサポートできる会社を創るか? ビジネスプラン、
事業計画を作ってきてくれ。」

これが、永利先生と交わした最後の会話になった。

79歳。

それでも、新しい会社をつくろうと言われる。

過去を語るのではない。

これから何をやるのかを考えている。

その若々しさ。

その前向きさ。

私は、そんな永利先生が大好きだった。

「異質の者が交わるところに、新たなものが生まれる」

永利先生が、よく口にされていた言葉がある。

「異質の者が交わるところに、新たなものが生まれるんだよ。」

私は銀行員出身。

先生は公認会計士。

歩いてきた道も違う。

考え方も違う。

私自身、銀行員としては少しアウトローなところがあったと思う。

しかし先生は、そんな私を面白がってくださった。

むしろ、違うからこそ一緒にやる価値がある。

同じような人間ばかり集まっても、新しいものは生まれない。

異なる経験、異なる能力、異なる発想を持った人間が交わる。

そこから新しい事業が生まれる。

先生は、そんな考え方を持っておられた。

この言葉は、今でも私の中に強く残っている。

地元から、世界へ羽ばたく会社を

永利先生が考えておられたことは、単なる経営コンサルティングではなかった。

久留米、大牟田を中心に、事業承継やM&Aをもっと活性化させる。

そして、大牟田を中心とする筑後地区から、世界へ羽ばたく企業を育て、支援する。

地域の中小企業を本気で強くする。

そんな構想だった。

非常に先進的な考え方を持った公認会計士だったと思う。

実際、永利先生が顧問を務めたり、親しくされた企業の中には、その分野で日本一といわれる企業も2社あった。

先生は、中小企業を「小さな会社」として見ていなかった。

「この会社は、もっと伸びるかもしれない」

常に、会社の未来と可能性を見ていたのだと思う。

果たせなかった、最後の約束

今でも残念に思うことがある。

「ビジネスプラン、事業計画を作ってきてくれ」

そう言われた最後の約束を、先生が生きておられる間に果たすことができなかった。

もっと早く動けばよかった。

もっと先生と話したかった。

もっと教えていただきたかった。

後悔は残っている。

しかし、今になって思う。

約束は、まだ終わっていない。

先生と一緒に会社をつくることはできなかった。

しかし、先生が考えておられたことを、私が引き継ぐことはできる。

地域の中小企業を本気で支える。

事業承継やM&Aを通じて、会社を次の世代へつなぐ。

異質な人材や専門家をつなぎ、新しい価値を生み出す。

そして、この地域から全国へ、世界へ羽ばたく会社を一社でも多くつくる。

5年前、永利先生が亡くなられたとき、私は、

「自分一人でも、先生のお考えを引き継いでやり抜こう」

と決意した。

あれから5年。

まだまだ道半ばである。

それでも私は、あの日の約束を忘れてはいない。

今、私が取り組んでいる仕事の中にも、永利先生から教えていただいた考え方が確実に生きている。

「異質の者が交わるところに、新たなものが生まれる。」

これから私が何をつくり、何を地域に残すことができるのか。

永利先生にいつか、

「橋本君、やったな」

と言っていただけるような仕事をしたい。

それが、果たせなかった最後の約束に対する、私なりの答えなのだと思っている。

永利先生、本当にありがとうございました。

安らかにお眠りください。

合掌