― K社長から託された事業承継
K社長との出会いは、銀行員時代にさかのぼる。
今から15年ほど前だったと思う。
当時、私は銀行で年に3回ほど開催される事業承継セミナーの講師を務めていた。
銀行の会議室に30人ほど集めて開催することもあれば、ホテルに10人ほどの社長を集めて開催することもあった。商工会議所で20人ほどを対象に話すこともあった。
開催場所も参加者も違う。
しかし、なぜか毎回参加される社長が一人いた。
それがK社長だった。
「また来てあるな。」
最初は、そのくらいに思っていた。
しかし、何度もお会いするうちに、事業承継について真剣に考えておられることが分かってきた。
K社長は、当時で創業約30年の創業経営者。
会社の規模は決して大きくない。
しかし、堅実な経営を続け、きちんと利益を出す仕組みをつくられていた。
派手さはない。
しかし、強い会社だった。
問題は後継者だった。
お子さんは二人おられたが、二人とも東京の大手企業に勤務し、それぞれ家庭を持っていた。
福岡へ戻り、会社を継ぐ可能性は決して高くなかった。
一方、社内には優秀な社員が二人いた。
「この会社を誰に託すのか。」
「社員に継がせることはできるのか。」
「株式はどうするのか。」
銀行員時代から、私はK社長と何度もそんな話をした。
結論を急ぐことはなかった。
おそらく5年ほど、折に触れてディスカッションを重ねたと思う。
そして私は銀行を辞め、独立した。
それでもK社長との関係は続いた。
むしろ、私にとってはありがたい存在だった。
独立してからも月に一度くらいのペースで訪問した。
仕事があるわけではない。
報酬をいただいているわけでもない。
それでも訪問して、会社のこと、後継者のこと、これからの経営について話をした。
そんな関係が3年ほど続いた。
当時の私の会社は、まだ非常に苦しかった。
創業時の資金はほぼ底をつき、仕事をどうつくるか、毎日のように悩んでいた。
そんな独立4年目のある日、K社長から電話がかかってきた。
「橋本君、相談したいことがある。来てくれないか。」
電話を切った時、私は何となく分かった。
事業承継の話だろう。
訪問すると、案の定そうだった。
K社長は、社内にいる二人の後継者候補のうち、A氏に会社を託す方向で考え始めていた。
しかし、ここからが難しい。
「本人にどう話せばいいだろう。」
「どういう形で会社を引き継がせればいいだろう。」
「株式はどうすればいい。」
長年考え続けてきた事業承継を、いよいよ実行に移す時が来たのである。
そしてK社長から、正式にコンサルティングを依頼された。
私は嬉しかった。
もちろん仕事をいただいたことも嬉しかった。
しかし、それ以上に嬉しかったのは、
「橋本に任せよう。」
と思っていただけたことだった。
銀行員時代から約5年。
独立してから約3年。
振り返れば、8年近く一緒に考えてきた。
その信頼の積み重ねが、ようやく一つの仕事になった。
そこから約3か月、実行に向けた準備を進めた。
後継者への説明。
事業承継全体の流れの整理。
銀行への説明資料。
そして、持株会社を活用した株式譲渡のスキームを組み立てた。
大きなポイントの一つが、銀行融資だった。
後継者が株式を引き継ぐには資金が必要になる。
そこで金融機関に、今回の事業承継の目的、スキーム、返済可能性などを理解してもらわなければならない。
私は銀行本部へ提出する融資の意見書まで作成した。
通常は銀行側が作成する資料である。
しかし、私は28年間勤務した元銀行員である。
「本部が何を見て、何を知りたいのか。」
要領は分かっていた。
支店担当者だけでは説明が難しいだろうと思い、こちらで資料を整えた。
結果、本部稟議はすんなり決裁された。
融資が実行され、持株会社を活用した株式譲渡も無事完了した。
長年の懸案だったK社長の事業承継が、大きく前へ進んだ瞬間だった。
この仕事を、私は100万円で引き受けた。
専門性の高い税理士事務所や金融機関などに同様の仕事を依頼すれば、内容によってはもっと大きな報酬になる
案件だったと思う。
しかし、私には金額以上に嬉しいものがあった。
K社長の気持ちだった。
長い間、一緒に会社の未来を考えてきた。
銀行を辞めても付き合っていただいた。
そして最後に、大切な会社の事業承継を私に託してくださった。
そのことが、本当に嬉しかった。
正直に言えば、会社の資金繰りが厳しかった私にとって、100万円という報酬にも助けられた。
久しぶりに一息つくことができた。
しかし、この案件から得たものは、お金だけではなかった。
私は一つのことに気づき始めていた。
事業承継という仕事は、「スキームを売る仕事」ではない。
社長と何年も話をしながら、悩みを整理し、選択肢を考え、決断する時が来たら実行まで支える。
そこに価値があるのではないか。
そしてもう一つ。
仕事は、突然生まれるものではない。
銀行員時代から5年。
独立後3年。
8年かけて築いてきた信頼が、ようやく一つの仕事になった。
苦しい時期だったからこそ、そのことが身に染みた。
銀行の看板は、もうない。
しかし、「橋本裕二」を信頼して仕事を任せてくださる社長がいる。
それは、独立してから初めて感じた、大きな手応えだった。
K社長からいただいた100万円は、単なる売上ではなかった。
「この仕事でやっていけるかもしれない。」
そう思わせてくれた、私にとって忘れることのできない100万円だった。
次回予告
第24回 「商品」をつくらなければ会社にならない
K社長の事業承継を無事に終え、一つの手応えを感じた。
しかし、経営はそれだけでは続かない。
知識がある。経験がある。人脈もある。
それでも仕事は安定しない。
「自分は、いったい何を売っているのだろう。」
私はようやく、コンサルティングを「商品」にする必要性を本気で考え始めることになる。
第23回:8年かけていただいた仕事
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