第26回 親孝行は、できるときに

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今日は、私の義母のことを書いてみたいと思います。

義母は、女手一つで二人の娘を育て上げました。

18歳のとき、一人で東京へ出て美容師の修行をし、その後、福岡へ戻って自分の美容室を開業。

そして、85歳になるまで仕事を続けました。

現在は米寿を迎えています。

今の時代でも、女性が一人で子どもを育てながら商売を続けることは簡単ではありません。

まして、義母が若かった時代です。

きっと私には想像できないような苦労がたくさんあったのだと思います。

それでも二人の娘を育て、長い間、自分の店を守り続けた。

一人の経営者として見ても、本当にすごい人生だと思います。

今、私が「親」と呼べるのは一人だけ

私の父は23年前に亡くなりました。

そして、母も3年前に亡くなりました。

63歳になった今、私が「親」と呼べるのは義母一人になりました。

父や母が元気だった頃には、こんなことを考えたこともありませんでした。

「今度、何かしてあげよう。」

「また時間があるときに会いに行こう。」

そう思っているうちに、時間は過ぎていきます。

振り返ってみると、私は実の両親に十分な親孝行ができたのだろうか。

そう考えると、やはり後悔があります。

もっと話をしておけばよかった。

もっと一緒に食事をすればよかった。

もっといろいろなところへ連れて行けばよかった。

亡くなってから思っても、もう何もしてあげることはできません。

だからこそ、義母には、できる限りの親孝行をしたいと思っています。

「読んだよ」

義母は、昔から本を読むことが好きです。

先日、私がエッセンスブックを出版したことを伝え、本を渡しました。

すると、とても喜んでくれました。

そして翌日。

義母から連絡がありました。

「読んだよ。」

正直、驚きました。

もう全部読んだのか、と。

私が書いたのは事業承継をテーマにした経営戦略の本です。

専門的な内容もありますから、義母にはよく分からないところもあったと思います。

それでも読んでくれた。

おそらく、内容を知りたかったというより、

「娘婿が本を出した。」

そのことが嬉しかったのではないでしょうか。

その「読んだよ」という短い一言が、私にはとても嬉しく感じられました。

いくつになっても、親というのは子どものことを気に掛け、応援してくれるものなのかもしれません。

親孝行は、いつかではなく今

父を亡くし、母を亡くして、ようやく分かったことがあります。

親孝行は、

「いつかしよう」では遅い。

ということです。

大げさなことをする必要はないと思います。

顔を見に行く。

一緒にご飯を食べる。

話を聞く。

どこかへ連れて行く。

そんな何気ない時間こそが、一番の親孝行なのかもしれません。

仕事も大切です。

まだまだ挑戦したいこともあります。

でも、仕事は明日でもできることがあります。

親との時間は、永遠には続きません。

義母には、いつまでも元気でいてもらいたい。

そして、私自身が後になって、

「もっと何かしてあげればよかった。」

と後悔しないようにしたいと思っています。

「読んだよ。」

義母からもらったその一言を大切にしながら、これからできる親孝行を、一つずつしていきたいと思います。