第2回 野球少年

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― 主将として学んだ、責任を背負うということ

私の学生時代を振り返ると、真っ先に思い浮かぶのは野球である。
高校時代、私は野球部に所属し、主将を務めた。
いま思えば、あの数年間が私の人間形成に与えた影響は非常に大きかった。
社会に出てからの営業、組織運営、経営者との向き合い方、その土台のかなりの部分は、
すでにこの頃に形づくられていたように思う。

野球は、個人の力だけでは勝てない競技である。
どれだけ自分が頑張っても、チーム全体がかみ合わなければ勝てない。
一方で、自分一人の油断や慢心が、チームの雰囲気を壊し、試合の流れを変えてしまうこともある。
そういう意味で、野球は極めて厳しい集団競技だ。主将になって、そのことを身をもって思い知らされた。

主将というのは、格好のいい役回りばかりではない。むしろ逆である。
練習で誰よりも厳しくあらねばならないし、チームがうまくいかない時には、まず自分が矢面に立たなければならない。
後輩の面倒も見なければいけない。監督の考えと部員の気持ちの間に立つこともある。
思春期の高校生が、そんなに器用に立ち回れるはずもなく、悩んだことも多かった。

しかし、その経験を通して私は一つ大きなことを学んだ。人の上に立つとは、威張ることではなく、
責任を引き受けることだということだ。
うまくいっている時は誰でも前向きになれる。だが、負けが込んだ時、空気が重くなった時、
互いに不満が出始めた時、そこで逃げずに立ち続けられるかどうかが本当の勝負なのだと知った。

私は決して、天才肌の選手ではなかった。だからこそ、派手さではなく、地道にやることの大切さを覚えた。
毎日の練習を積み重ねること。自分の役割をきちんと果たすこと。表に見えない準備を怠らないこと。
そうしたことの価値は、すぐに結果として現れるわけではない。
だが、長く続けると、必ず差になる。これはその後の銀行員生活でも、独立後の経営でも、まったく同じだった。

もう一つ、高校野球から学んだことがある。
それは、組織は結局、人で決まるということだ。
強いチームには、ただ技術の高い選手がそろっているだけではない。
互いを見て、声をかけ、空気をつくる人間がいる。逆に、力があっても心がばらばらなら勝てない。
これは会社もまったく同じである。
後に私は、さまざまな企業を訪ね、多くの経営者と話すことになるが、
業績の良い会社には必ずと言っていいほど、組織の空気の良さがあった。
数字だけでは説明できない強さというものが、確かに存在するのだ。

高校時代、野球に明け暮れた毎日は、決して楽なものではなかった。
だが、あの頃に流した汗や悔しさは、私の中にずっと残っている。
主将として背負った責任感は、銀行で部下を持った時にも、
独立して一人で会社を背負うことになった時にも、自然とよみがえってきた。

人は若い頃、自分でも気づかないうちに、大事な土台をつくっているのかもしれない。
私にとってその土台は、まぎれもなく野球だった。

次回は、大学で中小企業論を学び、
「地域企業を支える仕事がしたい」と考えるようになった頃のことを書いてみたい。