― 大学時代に見つけた、人生の軸
大学生活の前半、私はどこか落ち着かない日々を過ごしていた。
東京という大都会に憧れて上京したものの、地方から出てきた私には、その空気にうまく馴染めないところがあった。
授業に出て、アルバイトをして、友人と過ごす。
学生生活そのものは決して悪くなかったが、「自分は将来何をしたいのか」という問いには、まだ明確な答えを持てずにいた。
そんな私に、大きな転機を与えてくれたのが、三年生から所属した中村秀一郎ゼミだった。
当時の私は、まだ自分が将来どの分野で働くのか、はっきりした輪郭を持っていたわけではなかった。
ただ、漠然と「地域の役に立つ仕事がしたい」という思いはあった。
そして、中村先生のもとで学ぶうちに、その思いが次第に具体的な方向を持ち始めた。
中小企業は、大企業のように派手ではない。全国ニュースに出ることも少ない。
だが、日本の地域経済を支えているのは、間違いなくそうした企業である。
地元に根を張り、雇用を生み、技術を磨き、商売を続ける。そこには、数字だけでは測れない底力がある。
大学で学びながら、私はそのことを強く感じるようになった。
中村先生の講義やゼミで印象に残っているのは、中小企業を単に規模の小さな会社として見るのではなく、
地域社会との関係の中で捉えていたことである。会社は利益を生み出すだけの器ではない。
社員の生活を支え、家族を守り、地域のつながりを支える存在でもある。そうした視点に触れた時、私は大きな刺激を受けた。
さらに言えば、大学で学んだのは理論だけではなかった。
中小企業には、中小企業ならではの経営者の覚悟があるということも知った。
大企業のように制度や組織が整っているわけではない。むしろ、社長一人の決断が、会社の命運を左右する場面が多い。
だからこそ、中小企業の経営者は重い責任を背負っている。
その責任の重さに、私はある種の敬意を抱くようになった。
いま振り返ると、この頃から私は、社長という存在に強く関心を持っていたのだと思う。
なぜこの人は、こんなに重い責任を引き受けているのか。どうしてこの会社を続けようとするのか。
後に銀行員として多くの経営者に会うことになるが、その原点には、大学時代に育まれた関心があった。
私はこの時期に、大企業の華やかな世界よりも、地域に根ざした企業の現場に魅力を感じていた。
そこには生々しい経営の現実があり、苦労があり、それでも会社を続けようとする強い意思があった。
私は、そうした現場に関わる仕事がしたいと思うようになった。
就職を考えるにあたり、自然と頭に浮かんだのは金融機関だった。
銀行なら、多くの企業と接点を持てる。お金という側面から、会社の成長や課題に関わることができる。
しかも、地元の企業と長く付き合える可能性がある。
そう考えるようになった時、私の中で進むべき方向はかなり定まっていた。
大学時代は、言わば、自分の人生の軸を見つけた時期だった。
野球で学んだ責任感や継続力に、中小企業への関心が重なったことで、「地域企業を支える仕事がしたい」という思いが確かなものになった。
次回は、そうして私が福岡相互銀行への入行を決めた頃のことを書いてみたい。
第4回 中小企業との出会い
/